
ゼロからはじめる愛知・戦国史跡巡り講座

歴史初心者向けに作った愛知の戦国史跡と城跡そして御朱印巡りのサイト『ゼロからはじめる愛知の城跡と御朱印、戦国史跡巡り講座』に掲載されているスポットをMEQQE化しました。ウォーキングや歴史巡り・城巡り、観光にぜひご活用ください。 MEQQE内の情報は、ブログ『ゼロからはじめる愛知の城跡と御朱印、戦国史跡巡り講座』投稿時の情報です。 営業状況が変更されている可能性もありますので、お出かけの際は事前にご確認いただきますようお願いいたします。
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紹介スポット
- 451件旧近衛邸(きゅうこのえてい)は、京都にあった摂家筆頭の近衛家の邸宅の一部を移築したものです。 現在は一般公開されており、書院では一服400円で抹茶(季節の和菓子付き)を飲む事ができます。 この抹茶は運が良いと、黄金の茶碗で飲む事ができるんです。こればかりは運というか、茶碗が空いていれば飲めます。気分は秀吉!といったカンジでしょうか。 近衛邸の前には日本庭園が広がっていますが、その一画の白い砂利(じゃり)部分は、かつての西尾城の馬出が再利用されたものです。看板も建っているのでこれも要チェックですね。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=697


旧近衛邸(きゅうこのえてい)は、京都にあった摂家筆頭の近衛家の邸宅の一部を移築したものです。一般公開されており、書院では一服400円で抹茶を飲む事ができます。
旧近衛邸(きゅうこのえてい)は、京都にあった摂家筆頭の近衛家の邸宅の一部を移築したものです。 現在は一般公開されており、書院では一服400円で抹茶(季節の和菓子付き)を飲む事ができます。 この抹茶は運が良いと、黄金の茶碗で飲む事ができるんです。こればかりは運というか、茶碗が空いていれば飲めます。気分は秀吉!といったカンジでしょうか。 近衛邸の前には日本庭園が広がっていますが、その一画の白い砂利(じゃり)部分は、かつての西尾城の馬出が再利用されたものです。看板も建っているのでこれも要チェックですね。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=697
愛知県東海市大田町の観福寺は大坂の陣で活躍した真田十勇士のひとりである、三好青海入道のエピソードが残る寺です。本堂に入ると観福寺と三好青海入道の説明を分かりやすくパネルで説明してくれてます。また三好青海入道の解説パネルの下には、三好青海入道のものと伝わる甲冑が展示してあります。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=3225

愛知県東海市大田町の観福寺は大坂の陣で活躍した真田十勇士のひとりである、三好青海入道のエピソードが残る寺です。本堂に入ると観福寺と三好青海入道の説明を分かりやすくパネルで説明してくれてます。また三好青海入道の解説パネルの下には、三好青海入道のものと伝わる甲冑が展示してあります。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=3225
知立市の無量壽寺(むりょうじゅじ)は、在原業平の銅像とカキツバタで有名な寺です。 無量壽寺のある八橋周辺は伊勢物語が完成した平安時代(延暦13年(794)~文治元年(1185)/建久3年(1192頃)から、かきつばたの群生地として有名でした。 しかし時代と共に絶えかけ、江戸時代の終わり、幕末の頃にかきつばたを無量壽寺に移植したと伝わります。 伊勢物語の主役のモデルといわれる在原業平(ありわらのなりひら)。平安時代初期に実在した貴族です。この銅像は無量壽寺の庭園内に建立されています。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=3992

知立市の無量壽寺(むりょうじゅじ)は、在原業平の銅像とカキツバタで有名な寺です。 無量壽寺のある八橋周辺は伊勢物語が完成した平安時代(延暦13年(794)~文治元年(1185)/建久3年(1192頃)から、かきつばたの群生地として有名でした。 しかし時代と共に絶えかけ、江戸時代の終わり、幕末の頃にかきつばたを無量壽寺に移植したと伝わります。 伊勢物語の主役のモデルといわれる在原業平(ありわらのなりひら)。平安時代初期に実在した貴族です。この銅像は無量壽寺の庭園内に建立されています。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=3992
岩崎城には資料館もあります。入館無料なので是非チェックしておいてください。中は古墳時代から戦国時代までの岩崎城と周辺の展示があります。また岩崎城には、御城印(ごじょういん)があり、岩崎城歴史記念館の中で販売しています。御城印とは、簡単に言うと城の御朱印で、城に訪れた時の記念証みたいなものです。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=2735

岩崎城には資料館もあります。入館無料なので是非チェックしておいてください。中は古墳時代から戦国時代までの岩崎城と周辺の展示があります。また岩崎城には、御城印(ごじょういん)があり、岩崎城歴史記念館の中で販売しています。御城印とは、簡単に言うと城の御朱印で、城に訪れた時の記念証みたいなものです。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=2735
安休寺は吉良満義と一色有義の墓がある寺院です。吉良満義の次男・一色有義(いっしき ありよし)が父・満義の菩提を弔うために正平十二年(1357)に創建しました。吉良氏も一色氏も足利氏から分かれた一族で、承久の乱(1221)の戦功により、足利義氏が三河国守護に任じられた後、この地に勢力を築きました。境内の奥にある墓地には、吉良満義と一色有義親子のものと伝わる墓があります。また安休寺の横ある広場には、一色氏発祥之地と刻まれた石碑と、一色町教育委員会の案内看板が建っています。一色氏は三河の戦国史ではマイナーに思われますが、今川氏や吉良氏と共に足利氏の流れを組む名門でした。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=2414


安休寺は吉良満義と一色有義の墓がある寺院です。吉良満義の次男・一色有義(いっしき ありよし)が父・満義の菩提を弔うために正平十二年(1357)に創建しました。
安休寺は吉良満義と一色有義の墓がある寺院です。吉良満義の次男・一色有義(いっしき ありよし)が父・満義の菩提を弔うために正平十二年(1357)に創建しました。吉良氏も一色氏も足利氏から分かれた一族で、承久の乱(1221)の戦功により、足利義氏が三河国守護に任じられた後、この地に勢力を築きました。境内の奥にある墓地には、吉良満義と一色有義親子のものと伝わる墓があります。また安休寺の横ある広場には、一色氏発祥之地と刻まれた石碑と、一色町教育委員会の案内看板が建っています。一色氏は三河の戦国史ではマイナーに思われますが、今川氏や吉良氏と共に足利氏の流れを組む名門でした。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=2414
武田信玄との戦から家康一行は、逃げる途中にあった満光寺というお寺に一晩泊まった場所。 満光寺の住職は、快く家康一行を受け入れてくれて、食事を出し、ゆっくり戦の疲れを癒す様、できる限りのおもてなしをしました。 満光寺は残念ながら火事で焼失し、後に再建されており、当時家康一行が泊まった部屋などは残されていません。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=1017

武田信玄との戦から家康一行は、逃げる途中にあった満光寺というお寺に一晩泊まった場所。 満光寺の住職は、快く家康一行を受け入れてくれて、食事を出し、ゆっくり戦の疲れを癒す様、できる限りのおもてなしをしました。 満光寺は残念ながら火事で焼失し、後に再建されており、当時家康一行が泊まった部屋などは残されていません。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=1017
田原市の田原城跡の本丸は巴江神社になっています。 ここが田原城の中心地でした。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=2245

田原市の田原城跡の本丸は巴江神社になっています。 ここが田原城の中心地でした。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=2245
岡崎市の根石山祐傳寺。 門を入ったすぐ左のところにある、築山御前首塚。看板に五輪塔と書いてあります。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=2072

岡崎市の根石山祐傳寺。 門を入ったすぐ左のところにある、築山御前首塚。看板に五輪塔と書いてあります。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=2072
刈谷郷土資料館は、昭和三年に完成した亀城小学校の建物で、現在、国の登録有形文化財になっています。館内は刈谷市の歴史にまつわる展示があり、当然、戦国期や江戸時代のものもあるので要チェックですね。刈谷城の古地図と現在の住宅地図を照らし合わせた地図が無料配布されていて、また刈谷市の歴史史跡をテーマごとにまとめた、刈谷市歴史の小径(こみち)。これらも無料で配布しています。インターネットでもダウンロ-ドできるので、刈谷城址を散策する前に事前資料としてチェックしておくのもよいですね。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=1112

刈谷郷土資料館は、昭和三年に完成した亀城小学校の建物で、現在、国の登録有形文化財になっています。館内は刈谷市の歴史にまつわる展示があり、当然、戦国期や江戸時代のものもあるので要チェックですね。刈谷城の古地図と現在の住宅地図を照らし合わせた地図が無料配布されていて、また刈谷市の歴史史跡をテーマごとにまとめた、刈谷市歴史の小径(こみち)。これらも無料で配布しています。インターネットでもダウンロ-ドできるので、刈谷城址を散策する前に事前資料としてチェックしておくのもよいですね。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=1112
松平郷唯一の飲食店が天下茶屋です。うどん、そばなど軽食メニューが中心で、天下もちなどの甘物もあります。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=2564

松平郷唯一の飲食店が天下茶屋です。うどん、そばなど軽食メニューが中心で、天下もちなどの甘物もあります。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=2564