
ゼロからはじめる愛知・戦国史跡巡り講座

歴史初心者向けに作った愛知の戦国史跡と城跡そして御朱印巡りのサイト『ゼロからはじめる愛知の城跡と御朱印、戦国史跡巡り講座』に掲載されているスポットをMEQQE化しました。ウォーキングや歴史巡り・城巡り、観光にぜひご活用ください。 MEQQE内の情報は、ブログ『ゼロからはじめる愛知の城跡と御朱印、戦国史跡巡り講座』投稿時の情報です。 営業状況が変更されている可能性もありますので、お出かけの際は事前にご確認いただきますようお願いいたします。
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紹介スポット
- 451件阿久比図書館に入ると、入口のところにかつての阿久比城と城下町のジオラマがあります。(ここでは阿古居城)。ジオラマをよく見ると、ホントにこれだけの城郭があったのか?と驚くほどの出来栄えになっています(汗)。 そして阿久比城の縄張り図。たぶん江戸時代のものです。ご自由に頂くことができます。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=1437

阿久比図書館に入ると、入口のところにかつての阿久比城と城下町のジオラマがあります。(ここでは阿古居城)。ジオラマをよく見ると、ホントにこれだけの城郭があったのか?と驚くほどの出来栄えになっています(汗)。 そして阿久比城の縄張り図。たぶん江戸時代のものです。ご自由に頂くことができます。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=1437
長尾城跡の北にある武雄神社が長尾城主・岩田氏の館跡といわれる場所です。かつては月詠みの森(つきよみのもり)と呼ばれた月の名所だったとか。現状は神社で館時代の遺構は残っていません。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=2504#i-2...

長尾城跡の北にある武雄神社が長尾城主・岩田氏の館跡といわれる場所です。かつては月詠みの森(つきよみのもり)と呼ばれた月の名所だったとか。現状は神社で館時代の遺構は残っていません。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=2504#i-2...
一宮市のランドマークともいえるツインアーチ138。ツインアーチ138の由来は、(いち の み や)という、一宮市から付いた名前で、高さも138メートル。タワーの上までエレベーターで登ります。展望テラスは輪になっており、タワー周辺の景色を東西南北ぐるっとみることができます。例えば北を見ると、なんと岐阜城!天守(模擬)が見えます。東を見てみると小牧山城です(愛知県小牧市)。一宮市の北側(ほぼ岐阜市)にあるツインアーチ138で名古屋市中村区の名古屋駅まで見えるということです。ということでツインアーチ138に行った時は、周辺の城や史跡を是非、チェックしてみてください。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=2601

一宮市のランドマークともいえるツインアーチ138。ツインアーチ138の由来は、(いち の み や)という、一宮市から付いた名前で、高さも138メートル。タワーの上までエレベーターで登ります。展望テラスは輪になっており、タワー周辺の景色を東西南北ぐるっとみることができます。例えば北を見ると、なんと岐阜城!天守(模擬)が見えます。東を見てみると小牧山城です(愛知県小牧市)。一宮市の北側(ほぼ岐阜市)にあるツインアーチ138で名古屋市中村区の名古屋駅まで見えるということです。ということでツインアーチ138に行った時は、周辺の城や史跡を是非、チェックしてみてください。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=2601
みそパークの中にある、はと屋歴史資料館は小さなプレハブ小屋なのですが、ここには貴重な歴史資料があります。それがかつて西尾城で使われていた、瓦と鯱(しゃち)です。特に鯱のしっぽが欠けているのですが、これにはある昔話が残っています。明治維新後に西尾城は取り壊されましたが、その時、西尾城内のどこかの建物の屋根にあったこの鯱は、もう二度と使用できないように完全に破壊される予定でした。しかしそれではあまりにも酷ということで、しっぽの部分だけを壊すという処置が取られました。 それ以後、どういった経緯ではと屋に来たのか分かりませんが、現在でもこの鯱は見る事ができます。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=1138

みそパークの中にある、はと屋歴史資料館は小さなプレハブ小屋なのですが、ここには貴重な歴史資料があります。それがかつて西尾城で使われていた、瓦と鯱(しゃち)です。特に鯱のしっぽが欠けているのですが、これにはある昔話が残っています。明治維新後に西尾城は取り壊されましたが、その時、西尾城内のどこかの建物の屋根にあったこの鯱は、もう二度と使用できないように完全に破壊される予定でした。しかしそれではあまりにも酷ということで、しっぽの部分だけを壊すという処置が取られました。 それ以後、どういった経緯ではと屋に来たのか分かりませんが、現在でもこの鯱は見る事ができます。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=1138
天守再建計画中の西尾城近くに、私もお気に入りのスイーツ処があります。それが西尾市鶴ケ崎町のカテキン堂。このカテキン堂は、西尾の名産・抹茶のスイーツが有名です。土日祝日のみの営業で、営業時間は午前10時~午後6時です。店内は長細く、イートインができます。座席数は7席。人気商品は定番の大判焼きや抹茶の生地の大判焼きであるカテキン焼き、冷やし大判など。他にもかき氷や、抹茶クレープ、ひと口抹茶ソフトなどがありました。史跡巡りや城巡りをしていると、疲れてふと甘いものを食べたくなることもよくあります。そんなとき地元のスイーツを味わってみるというのも良いですね。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=2356

天守再建計画中の西尾城近くに、私もお気に入りのスイーツ処があります。それが西尾市鶴ケ崎町のカテキン堂。このカテキン堂は、西尾の名産・抹茶のスイーツが有名です。土日祝日のみの営業で、営業時間は午前10時~午後6時です。店内は長細く、イートインができます。座席数は7席。人気商品は定番の大判焼きや抹茶の生地の大判焼きであるカテキン焼き、冷やし大判など。他にもかき氷や、抹茶クレープ、ひと口抹茶ソフトなどがありました。史跡巡りや城巡りをしていると、疲れてふと甘いものを食べたくなることもよくあります。そんなとき地元のスイーツを味わってみるというのも良いですね。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=2356
碧南市音羽町にある宝珠寺が永井直勝の生誕地といわれています。 もともとここは、直勝の父・長田重元の屋敷(大濱羽城)があった場所といわれ、直勝もここで生まれたと考えられています。 入り口と境内に永井直勝生誕地の石碑が建立されています。もと屋敷があった場所に宝珠寺が建立されているのですね。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=3100

碧南市音羽町にある宝珠寺が永井直勝の生誕地といわれています。 もともとここは、直勝の父・長田重元の屋敷(大濱羽城)があった場所といわれ、直勝もここで生まれたと考えられています。 入り口と境内に永井直勝生誕地の石碑が建立されています。もと屋敷があった場所に宝珠寺が建立されているのですね。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=3100
かつての安祥城のすぐ隣にある安城歴史博物館。常設展として安城市の歴史に関するものが展してありますが、特別展は戦国時代に特化したディープな展示会が行われます。今までも安祥松平氏、本證寺、加藤嘉明など、ご当地の戦国ゆかりの特別展が人気です。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=264


かつての安祥城のすぐ隣にある安城歴史博物館。常設展として安城市の歴史に関するものが展してありますが、特別展は戦国時代に特化したディープな展示会が行われます。
かつての安祥城のすぐ隣にある安城歴史博物館。常設展として安城市の歴史に関するものが展してありますが、特別展は戦国時代に特化したディープな展示会が行われます。今までも安祥松平氏、本證寺、加藤嘉明など、ご当地の戦国ゆかりの特別展が人気です。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=264
あま市中橋郷中にある法蔵寺は、蜂須賀小六正勝を桶狭間の戦いで勝利させたといわれる鉄地蔵を祭っている寺院です。 古戦場だけではなく、愛知県各地に残る桶狭間合戦ゆかり史跡。あま市にも蜂須賀小六正勝と桶狭間の戦いにまつわる話が残っています。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=3695


あま市中橋郷中にある法蔵寺は、蜂須賀小六正勝を桶狭間の戦いで勝利させたといわれる鉄地蔵を祭っている寺院。古戦場だけではなく愛知県各地に残る桶狭間合戦ゆかり史跡。
あま市中橋郷中にある法蔵寺は、蜂須賀小六正勝を桶狭間の戦いで勝利させたといわれる鉄地蔵を祭っている寺院です。 古戦場だけではなく、愛知県各地に残る桶狭間合戦ゆかり史跡。あま市にも蜂須賀小六正勝と桶狭間の戦いにまつわる話が残っています。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=3695
鷲津砦は桶狭間合戦時に大高城を包囲していた織田方の砦のひとつ。守将は織田秀敏,飯尾定宗そして息子の尚清でした。松平元康(後の徳川家康)が大高城に兵糧を入れた後、今川方の朝比奈泰朝によって攻め落とされました。 場所は長寿寺の裏山で、現在鷲津砦公園になっています。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=1044

鷲津砦は桶狭間合戦時に大高城を包囲していた織田方の砦のひとつ。守将は織田秀敏,飯尾定宗そして息子の尚清でした。松平元康(後の徳川家康)が大高城に兵糧を入れた後、今川方の朝比奈泰朝によって攻め落とされました。 場所は長寿寺の裏山で、現在鷲津砦公園になっています。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=1044
龍泉寺観音は織田信長の弟・織田信行(信勝)が寺を城に改造した歴史があります。(信長公記)。また本能寺の変後、天正十二年(1584)の小牧長久手の戦いで、羽柴秀吉が一時的に本陣を置いた場所でもあるのです。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=4041


龍泉寺観音は織田信長の弟・織田信行(信勝)が寺を城に改造した。また本能寺の変後、天正十二年の小牧長久手の戦いで、羽柴秀吉が一時的に本陣を置いた場所でもある。
龍泉寺観音は織田信長の弟・織田信行(信勝)が寺を城に改造した歴史があります。(信長公記)。また本能寺の変後、天正十二年(1584)の小牧長久手の戦いで、羽柴秀吉が一時的に本陣を置いた場所でもあるのです。 【詳しい説明はこちら】 sengokushiseki.com/?p=4041