鎌倉大仏
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2022/3/24
1195年(建久6年)、東大寺の大仏殿の落慶供養に参列し、東大寺の大仏を見た源頼朝は、東国にも大仏を造りたいと願っていたのだという。 しかし、それを果たすことなくこの世を去ってしまったことから、侍女の稲多野局(いなだのつぼね)がその志を受け継いで造立の発起をし、僧浄光が勧進して造立されたのだという。 北条政子が助力したとも。 鎌倉大仏の後ろには、稲多局の笠塔婆が建てられている。 ▼こちらもご覧ください yoritomo-japan.com/page136koto...
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森隆(石碑は語る著者)
2021/6/7
関東大震災の激しい揺れで121トンある大仏が約30㌢も動きました。昭和30年代に入り、大仏の永久保存を目的に大地震時には大仏が滑るように底部にステンレス板が敷かれ、日本の文化財としては初の免震構造が施されました。また、北鎌倉の建長寺にある「震災追悼供養碑」には、特別保護建造物の仏殿や唐門、書院、舎利殿、半増坊本殿や、国宝北条時頼木像などが被害を受けたことが記されています。(「石碑は語る」より)
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