義経首洗井戸
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2022/3/24
源義経は、平家追討の第一の功績者であるにもかかわらず、兄頼朝から追われる身となり、奥州平泉の藤原秀衡を頼るが、1189年(文治5年)、頼朝を恐れた秀衡の子泰衡に攻められ、奥州平泉の衣川館で自刃した。 『吾妻鏡』には、6月13日、和田義盛と梶原景時が腰越の浜で首実検を行ったことが記されている。 首は腰越の浜に捨てられたが、潮に乗って境川を遡り、この辺りに漂着。 里人がその首をすくいあげ、洗い清めたのがこの井戸と伝えられている。 ▼こちらもご覧ください yoritomo-japan.com/yositune-ku...
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