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工部大学校阯碑 (関東大震災) - トップ画像

工部大学校阯碑 (関東大震災)

石碑・記念碑
石碑・記念碑
東京都千代田区霞が関3-2-2 文部科学省構内
工部大学校阯碑 (関東大震災) - マップ画像
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工部大学校阯碑 (関東大震災)

石碑・記念碑
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東京都千代田区霞が関3-2-2 文部科学省構内
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大正12年(1923)9月1日の関東大震災は死者10万人、全壊・全焼30万棟を超える日本史上最大の自然災害であった。この地にあった過去に工部大学校として使われた建物も倒壊し、復興事業で文部省や会計検査院などが建てられた。碑は倒壊した建物のレンガなどで作られている。 (国土地理院自然災害伝承碑データ gsi.go.jp/bousaichiri/denshouh... より)

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2021/2/27

碑の案内板によると、1873年に工業分野の人材育成のための工学校がこの地で開校、その後1886年に旧東京大学と工部大学校が合併し帝国大学(東京大学の前身)と合併し本郷へ。その後も建物は使われていたが関東大震災によって倒壊。工部大学校卒業者たちが、倒壊した建物の煉瓦などを活かしてこの碑を建設したとのこと。関東大震災の被災の歴史も伝えるものとなっているそうです。話はそれますが、外堀通りのちょうど反対側には、江戸城の溜池櫓台跡もあるなど、歴史に関するスポットがありますね。

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