
森隆(石碑は語る著者)
2021.11.11
小倉百人一首の歌の中で「契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 浪越さじとは」と詠われた末の松山。男女の仲を西暦869年の貞観津波にたとえたこの一句。津波が末の松山を越えなかったように、二人の愛の誓いも永遠だったはずなのに…。貞観地震は多賀城下でも千人もの溺死者を出したといわれます。東日本大震災の津波もこの末の松山を越えることはありませんでしたとさ。
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森隆(石碑は語る著者)
2021.11.11
小倉百人一首の歌の中で「契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 浪越さじとは」と詠われた末の松山。男女の仲を西暦869年の貞観津波にたとえたこの一句。津波が末の松山を越えなかったように、二人の愛の誓いも永遠だったはずなのに…。貞観地震は多賀城下でも千人もの溺死者を出したといわれます。東日本大震災の津波もこの末の松山を越えることはありませんでしたとさ。